【中国で働く先輩に聞く! vol.1】

「日本のブランドを中国にPRするということは、『夢』を伝えるような感じです。」

やりたいことを仕事にした、先輩たちのキャリア・デザイン
あなたもここから、新たな1歩を踏み出してみませんか?

今回は、2005年5月に『C’s Communication』を起業し、現在代表を勤める板屋美幸さんのキャリア・デザインをご紹介します。


「夢はレポーターでした」

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C’s Communication
代表 板屋美幸さん
 そんな夢を抱いたのは、客室乗務員として世界を飛びまわっていたころだという、板屋美幸さん。夢に近づくための勉強会などに参加し、知り合いに勧められたのが、急激に成長している『上海』だった。そんな時に交換留学生の募集を見つけ、受けた試験に合格。それがきっかけで中国生活がスタートしたのが、いまから9年前のこと。

2年で帰国すると決め、事前に下調べをしていたテレビ局にインターンとして入り込み、原稿を書いたり、読んだり、その他でも、アルバイトを3つくらいかけもちして、充実した生活を送っていました」。

 そこからのつながりで、気が付いたらフリーランスとして仕事の依頼がくるようになったという。当時中国のメディアで働く外国人はとてもめずらしく、活動的な板屋さんは、ひときわ輝いていたのだろう。
 一時日本に帰国した時期もあるが、夢を実現させるために、まだ余白があり、自由に夢を描ける上海へ戻った。そして上海で立ち上げるヘアスタイル誌のスターティングメンバーとして、マーケット開発を依頼され、現在の会社を起業する05年の春まで関わっていた。

「現在は、今までのつながりを活かして、やりたかった仕事をしています。おもに、日系企業を中心とした、イベントのプロデュースやプロモーションを手伝っています。日本のブランドを中国にPRするということは、『夢』を伝えるような感じですね」。

 常に前向きなその姿勢は、レポーターを目指して中国に来たときから、かわらず持ちつづけている。
「見える形はちがうけれど、『人に伝える』という意味で、レポーターとプランナーはつながっていると思います。これからは、日本と中国の双方に向けてPRできる大きな架け橋を創っていきたいです」。


C’s Communication
代表 板屋美幸さん

Profile
97年客室乗務員を辞め、上海へ渡 航。上海電視台の番組制作などを経て、フリーランスでイベントのコーディネイトを手掛けたり、ヘアスタイル誌『プレッピー』の立ち上げメンバーに加わるなど、幅広い活動を経験。05年5月に『C’s Communication』を起業し、現在代表を勤める。

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